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泡沫人の羽衣  10
毎日、「暑い」しか言っていないようだ。 
夏休みで帰って来た息子がめちゃくちゃ汗臭いので、思わず「水を飲むな」と言いたくなる。
半日で脱水症になるだろう。 ・・・・・・・でも超汗臭いのっ!!
陛下とかは あんなに着込んでいてもいい匂いしかしないんだろうな~。
ふと、そう思ってしまった午後でした。





では、どうぞ。













歩きながら、黎翔は夕鈴の台詞に苛立ちを感じていた。

『同じようにしたら戻れるかなと・・・・』

時折切ない表情をして部屋から外を眺めていたのは知っている。 元の世界に戻りたいのだと判っている。 しかし、夕鈴自身から直接そう言われると押えきれない苛立ちを感じてしまい、無言のまま邸へと促していた。 肩を掴む手に力が入りそうになり、歩調もいつもより早くなっていることに気付いていたが、直そうにも気が急いてしまう。 
夕鈴が寝転んでいた場所から一刻も早く離れようと。


自分を元居た世界の 『陛下』 に重ねられていたことも苛立ちの原因だと知る。 
そして聞こえてしまった耳に響く夕鈴の叫び声。 
『陛下』 を呼ぶ悲痛な声が耳から離れない。

重ねて欲しくない。 
夕鈴には私自身を見て欲しい。

それは夕鈴に対して意識が変わってきたと自覚した今、黎翔の正直な気持ちだった。






夕鈴は何時の間にか、一人では出掛ける暇が無いほど 『授業』 を受ける時間が増えた。

夕鈴がただで邸に置いてもらう訳にはいかないと仕事をさせて貰えるように強く訴えたが、この世界の事を何も知らないようでは何一つ出来ないと、 『授業』 が開始されたのだ。

部屋で桂香や李順、他のメイドからいろいろな話しを聞いて、今いる世界の勉強をしたり、邸の外へ桂香と買い物に出掛けたりする機会が増えた。 車に乗って出掛けて買い物や、カフェでの註文、映画館や美術館、黎翔と舞台を観たり、エスカレーターやエレベーターに乗ることも勉強し、日々忙しく過ごすことになる。 
邸にいるときはテレビやDVDで世界の情勢を学び、他にダンスのレッスンが入り 講師の足を何度も踏み付けて謝る日々が続いた。 食事のマナーは李順から学び、一人でこの世界の下着や洋服が着られるようになっていた。

夜、黎翔とその日にあった事を報告しながらお茶を楽しみ、疲労した身体を寝台に預けると直ぐに深い眠りに就き、気付くと朝を迎えていた。 

もちろん、芝生へと行く暇も無い。

そんな日々がしばらく続いた或る日、黎翔の部屋へと呼ばれた。
夕鈴が部屋の扉をノックすると中から黎翔の声がして、扉を開けると部屋は自室と執務室が兼務しているそうで、重厚なチッペンデールのライオンデスクに書類が山と詰まれている。 
その横にある書斎デスクでパソコンを眺めていた黎翔が夕鈴の訪れに笑顔を見せた。

「ああ・・・、呼び出して悪いね。 実は夕鈴に頼みたいことがあるのだが、まずダンスはどのくらい踊れるようになった?」
「えっ? えっと、ですね。 講師の足を・・・・ 5回に2回踏むくらいには減りましたが、あの、黎翔様の頼みごとに それが関係されているのですか?」

最近、夕鈴は彼のことを 『黎翔様』 と呼ぶように言われ、漸く慣れてきたところだった。
最初は絶対に言うことは出来ないと涙目で訴えていたのだが、『珀』 の名を邸で夕鈴に呼ばれることは 会社の会長である自分には安らげないと告げられ、夕鈴は戸惑った。
確かに邸に帰って来たのに、会長としての自分の名を呼ばれ続けるのは安らげないだろう。

陛下が自分の部屋や夕鈴の部屋で小犬に戻り寛いでいる時、李順さんに仕事を持って来られたら脱力して悲しそうに執務室に赴いていたなと思い出し苦笑してしまい、休める場所で仕事モードはごめんだと言いたいのだと判り、恥ずかしながら了承したのだ。


「是非、夕鈴に頼みたい。 君が嫌でなければね。 バイトだと思ってくれたらいいよ。 もちろん、『妻』 としてではないから安心して!」
「あ・・・・ はい。 お仕事で、そして私で役に立つのでしたら。 でもダンスは余り上手ではないですよ? 本当にそれでも宜しいでしょうか?」

黎翔はエグゼクティブチェアから立ち上がると大股で夕鈴に近付き、腰を攫むと片手を持ち上げた。 そのままくるりと夕鈴と廻り、ワルツのステップを踏んだ。 
夕鈴も慌てて背を伸ばしてステップを踏み出し、黎翔の口ずさむ音に合わせて部屋の中で二人寄り添いながらステップを踏み続けた。 しばらく踊り続けていると、黎翔が満足そうに頷く。

「うん、いいね! これだけ踊れるなら問題ない。 では正式に仕事として夕鈴に受けて貰いたい。 数日後にホテルでレセプションがあるのだが、その場で君に私のパートナーとして同行して貰いたいんだ、夕鈴」
「・・・・はい・・・」
「・・・・夕鈴、判っていないでしょ? うんと・・・ ね、新しい建物が完成したので、そのお披露目とお祝いをするんだ。 で、そこでちょっとしたダンスの催し物を開催しようと思ってね。 夕鈴のダンス練習の成果発表を兼ねて!」
「ちょっ・・・、つまり黎翔様の会社に関連したことですよね? そんな場所に私を連れて、おまけにダンスを披露すると・・・・?」

もう一度、腕の中の夕鈴をくるりと回して、にっこりと微笑んで見せた。 
その笑顔を見て夕鈴が一気に蒼褪める。
ふわりと舞った髪が肩に落ちると、その髪を黎翔が持ち上げて唇を付けた。 近くで妖艶な表情をさせた黎翔が目に入り、夕鈴は今度は真赤な顔になり唇を戦慄かせている。
シグナルのように顔色を変える夕鈴を見下ろし、黎翔は心から微笑んだ。

「ホテル関係者達とのちょっとしたお披露目だから安心して。 ダンスが踊れるほどのフロアがあるよって御知らせと、楽団が奏でる音の素晴らしさを伝えるのが目的なんだ。 だから気を楽にしてパートナー役を受けて欲しい」
「・・・・・・それは必要なのですか? 私が 『ぱーとーなー』 役でいいんですか? 黎翔様は会長で、そのぱーてーの主役ですよね? ・・・・それなのに」

夕鈴が黎翔を見上げて困惑した顔をしている。 
その表情すら可愛いと思うのだから、もう自分は彼女にのめり込んでいるのだと自覚した。
異世界から来たらしい、身元不明の可愛い兎。 
どうしたらこの兎を自分の檻に閉じ込められるのか。 
時折見せる遠くを見つめる瞳を自分に向けたいと、苦しいほどに求め始めていた。 


「仕事として引き受けてくれる? ドレスを着て私と一緒にフロアで踊るだけでいい。 会社関連とはいえ女性を伴わずにダンス会場に行く訳にはいかないし、まさか会場でダンス相手を選ぶ訳にはいかない。 それに夕鈴が側に居てくれると他の女性が近寄らないから助かるんだよ」
「助かる? 黎翔様は・・・・・ 女性が苦手ですか?」

夕鈴は目を瞠って黎翔を見上げた。 
だから陛下は 『臨時花嫁』 を雇って妃を娶らないようにしているの? 
本当は誰か一人を娶るのでさえ嫌なの? いや・・・・、目の前のこの人は陛下ではない。 

夕鈴は静かに項垂れて目を瞑った。 今は目の前の黎翔の話を聞かなければと。

「・・・・・正直、私の持っているモノに群がる人間が多過ぎる。 男女問わずだ。 私の背後にある 『珀コーポレーション』 に興味ある人間がね。 だから夕鈴と一緒に居るだけで、そういう輩に対しての牽制になるんだ」
「でも・・・。 いえ、仕事でしたら何も言うことはありません。 私で良ければお使い下さい。 ダンスも当日まで精一杯頑張って精進します!」

やっと仕事が出来る。 お世話になりっぱなしで居た堪れなかった自分にも役に立てることがあるのだと夕鈴は生来のやる気に満ちて来た。 自分でいいと言われたのだから精一杯頑張るだけだ。 
判らないことはその都度尋ねていけばいいだろう。

「では夕鈴、早速だが採寸を・・・・。 ああ、李順。 中に入れていいぞ」

黎翔は夕鈴の 『是』 を聞くと、卓上のブザーを押し李順に告げた。 
夕鈴が首を傾げた瞬間、夕鈴が入って来た扉とは違う扉から李順さんが顔を出し、その背後にはいつか見た光景が。

めじゃーなる物を持ち、いろいろな生地を持った5、6人の女性が笑顔で近付いて来た。






***






リムジンから降りた夕鈴は ぽかんと口を開けたまま上を見上げた。

大きなホテルポーチから黎翔に手を取られて一歩中に入ると、大きな吹き抜けがありホテルロビー全体に太陽の光が差し込んでいる。 屈曲して取り込まれた外光がホール全体を淡く包み、吹き抜け部分の両サイドに大きなシャンデリアがシンメトリーのように輝いていた。
 
ロビーから正面を見ると馬蹄型の大きな階段があり、右へ上がるとノースタワーへと続き、そこには会議にも使えるような多目的ホールが数室と 各レストランや、クラブ、フィットネスサロン等があり、左を上がるとイーストタワーへと続きコンサート等にも使える大きなホールが数室あり、16階から上部分がホテルの客室になっている。 
5~15階が商業用に貸し出しているフロアで既に殆どのフロアも始動している。 
ホテルとしての機能は本日の御披露目が無事終了してから営業開始となるが、既に予約で満室埋まっている状態だ。 本館はイーストタワー同様、商業施設への貸し出しと客室となっており、結婚式場や宴会場、映画館、劇場もあるという。

そしてホテルから地下のムービィングロードを使い、1km程離れたショッピングモールへ直通で行けるとあり、既にネットでその人気は知れ渡っていた。 ショッピングモールには大型の遊園地と水族館が併設されており、各種アトラクションへの入場は既に2ヶ月先まで予約が入っているという。

簡単に説明を受けても、理解出来ない夕鈴は強張った笑顔のままで李順からの説明を聞いていたが、李順の大仰な溜息を耳にして泣きそうになる。 どうやっても理解出来ないのだから仕方がないのに、どれ程の凄さかを何故理解出来ないのだと睨まれてしまう。
黎翔が苦笑して、「見てみないと解からないよね?」 と夕鈴を庇うと李順は更に睨んで来た。



そして、夕鈴はぽかんと口を開けてしまったのだ。

小さくも鋭い李順の咳払いを耳にして夕鈴が急ぎ口を閉ざし、微笑みを浮かべて差し出された黎翔の腕に手を掛ける。 もう、ここからは演技を開始しなくてはならない! 
淑女らしく穏やかな笑みを浮かべて背を正し 黎翔と共に夕鈴は足を踏み出した。






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