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融けた泉の扉  3
娘が「雪の予報が外れたのは、ソチからあの方が戻って来たからなんだ。だから雪が降らなかったんだよ!」と興奮していらっしゃった。47年ぶりの大雪という情報に「やっぱりあの方が御生まれになってからは大雪が降らなかったんだ。今回の大雪は、きっとあの方がソチに行っていたからだ。流石 “熱い男” だね!」と、はしゃぐ。 そう言われると、素直にそう思えてしまうのが不思議だ。


では、どうぞ











私の目の前に老師なる小さい御爺さんが座り、くりくりした目を向けて来る。
他にもう一人、髪を後ろで一纏めに縛り眼鏡をかけた、国王陛下の側近でありバイト上司だという男性が、眉間に深い皺を寄せて大仰な嘆息を零す。 異様なほど威圧感のあるその人の嘆息に身を竦めて視線を動かすと、国王陛下だという男性がその横で腕を組み険しい顔をしている。 
拱手したまま私の頭を、老師だという御爺さんが診てくれ、持って来た薬草を煎じ始めた。

「ぶつけた場所は問題ないじゃろう。 血溜まりがある様子もない。 ・・・しかし記憶がのぅ」
「李順、大まかにバイト妃の件は伝えた。 そして借金があるためバイトをしなければならないことも話してある。 記憶が無くても出来ることはあるだろう。 明日になれば記憶が元に戻る可能性もある。 侍女が怪しまないように薬湯で朦朧としていたということにして、バイトを続けさせるがいい」

固い声色を出す国王陛下に、拱手した手が袖の中でひくりと固まる。 きっと蒼褪めているだろう顔を伏せた瞬間、頭上から声が掛かった。

「全く、手摺から滑って落ちるとは・・・・。 では、夕鈴殿」
「は、はいっ!」

拱手して眼鏡の人の重苦しい声に向き直る。 鋭く睨み付ける双眸に身が竦む思いで唾を飲み込むと、訝しい顔でじっと見つめられ、飲み込んだ唾で噎せ込みそうになる。 心臓が直に掴まれたように痛いほど跳ね、だけど逃げ出すことが出来ない。
借金・・・・・それを一番嫌っている私が、どうしてバイト中にそんな粗忽な真似を。
どんなことをして借金をしたのだろう。 気になるけど、今は訊ける雰囲気じゃない。

「貴女は臨時花嫁としてバイトをしながら、破壊した王宮備品弁償費用の返済をされています。 月の給料半分は返済に、残りは御実家に仕送りをされており、また特殊なバイト内容であるため他言無用となっております。 もちろん、御実家にも、です。 それと貴女の世話をしている侍女も本物の妃だと思い仕事をされていますので、それらしく振舞って下さい」
「・・・・ほ、本物の妃らしく、ですか?」
「陛下唯一の妃として寵愛を受けている、という感じです」
「・・・・・・」

国王陛下だという男の人が、煩わしい妃推挙を退けるために妃を演じて貰っていると言っていたのを思い出し、夕鈴がそろりと顔を上げる。 先ほどまでの柔らかな印象は消え、眉を顰めて難しい顔をされている国王陛下に慌てて視線を下げると溜め息が聞こえて来た。 
借金があると言われても記憶がない。 いつの間に王宮で働くことになっていたのかも解からず、その上国王陛下唯一の妃だと言われても理解するのが難しい。 今自分が解かるのは、借金があるから返済が済むまではここから逃げられないということだけだ。

「取り敢えず、まだ痛みがあるようですので薬湯を飲み、今日は大人しく部屋から出ずに過ごして下さい。 いいですか、夕鈴殿。 大人しく、妃らしく、です。 後程、妃教育本を届けます」
「はい・・・・。 わかりました、大人しくしております」
「一応、侍女には妃は頭痛がするので出来るだけ近付かないよう伝えておきます」
「はい。 風邪で休んでいる妃、ですね」

バイト妃をすると了承した覚えはないが、今はそう言うしかない。 
何が何だか解からない状態で、だけど仕事中だと言われ、借金まであると判ればやる事をやるしかないだろう。 ぐちゃぐちゃに廻り続ける頭では理解も整理も出来ないが、目の前の仕事を(借金を)記憶が無いくらいで放り出す訳にはいかない。 無理にも程があるが、無理だと言い出せない雰囲気もある。

頭と肩の痛みが、嫌でも私に現実を知らせる。 
更に口にした薬湯の苦みが、現実の苦しさを教えてくれた。
ぐっと堪えて飲み干すと、涙目の私に差し出される小皿。 
その上には可愛らしい菓子が乗っており、顔を上げると国王陛下が無言で皿を持っているのが判る。 慌てて礼を言って受け取り口に運ぶと、やっと咥内の苦味が消えて来た。 国王陛下からは二人きりの時とは違い、口を挟むことなど出来ない険しさが感じられ、黙って食べるしか出来ない。

「風邪と薬湯で朦朧としていることにして、・・・・夕鈴殿。 では寝所から出ずに具合の悪い妃演技をして下さい。 くれぐれも掃除中に手摺から滑り落ちて頭をぶつけて記憶が抜け落ちたなど、間抜けな妃を知られることの無いようにして下さい。 明日からのことは様態を見て、また考えてお伝え致します」
「・・・・はい、よろしくお願い致します」

二人が立ち上がり退室して行くと、肩から力が抜けた。 かなり緊張していたのだろう。
途端にズキズキと痛みがぶり返し、瘤に触れて余計に痛みが奔る。 老師なる人物に 「触るでない」と窘められ、膝に手を置く。 手の内の皿には先ほど国王陛下に渡された菓子があり、下町では余り見ない高級そうな品に唇を噛んだ。 退室しない老師に顔を向け、夕鈴は疑問を投げ掛けてみる。

「あの! 昨日、掃除中に頭をぶつけたと聞きました。 粗忽な自分が皆さんに迷惑を掛けたのは判りましたが、本当に・・・・私が国王陛下の唯一の妃というバイトをしているのですか?」
「なんじゃ、説明を聞いてなかったのか?」
「いや、聞いてましたけど・・・・信じられなくて」

手にした皿上から老師が菓子を取り口へ運ぶ。 何か言いたげな視線に息を飲むと、ふっと鼻で笑われ、その笑いに何の意味があるのかと眉を寄せると滔々と話が始まった。

「いいか、バイトとはいえ陛下唯一の妃役じゃ。 数か月間に亘り仲良し夫婦を演じて来たのじゃから、それを台無しにするなどあってはならぬぞ。 今まで通りに演技出来るよう、指導をしてやろう。 わしは後宮管理人としてお前さんを指導する立場でもある」

頭が高いと謂わんばかりの上からの物言いに、それでも訳が判らない夕鈴は従うしかない。

「や、やるからには真剣にさせて頂きます!」
「その意気じゃ! まず、抱き上げられた時は陛下の頬を指でなぞったり、頬を摺り寄せたり」
ちょっと待ったーっ!

御爺さん、いや老師からの御教授に夕鈴は大声で叫び、頭に響く痛みに呻いた。 
それでも今、耳に届けられた言葉に物申さずにはいられない。 

「だ、だ、だ、抱き上げられる? バイトが、こ、こ、国王陛下に? 何でぇ!?」
「仲良し夫婦なのだから当たり前じゃろう。 仲が良いと、だから他の妃は望まないと言う陛下の言を大臣や官吏らに周知させるのがお前さんの仕事じゃ」
「周知、させる!?」

今もって執拗な妃推挙の話が上がっているが、内政がようやく整い出したばかり。 妃推挙の中身を一つ一つ吟味する時間もなく、更に推挙する大臣らの裏の思惑は若い国王に女を宛がい、上手く王を丸め込み実権を握ろうとするのが目的の一つ。 
または自分の娘を陛下の妃にさせていずれは正妃、または国母になって貰い、次世代の国王陛下の生母として後宮及び王宮に強い勢力をと考えてのことだと老師は話す。 しかしそれが王宮では当たり前の考えであり、国王に妃を推し進めるのも大臣の仕事の一つでもある。 多くの妃を持ち多くの世継ぎを儲けることは、国王の権威を他に示すに易く、妃の後ろ盾を持つことで勢力を増すことが出来る。 
現在の閑散とした後宮は有り得ないのじゃと、老師は嘆く。 
今いる妃はバイトで、それもたった一人。 
情けない話だと続き、そして途端に目を細めて声を潜めた。

「じゃからな、お前さんが色気を出して陛下を落とすというのも手じゃ」
「・・・・落とす? 私が何を出して?」
「色気を出して陛下を陥落して、さっさと子を生すのも有りじゃと言っておる」

嬉々として目を輝かせる高齢者を前に、自分でも驚くほど冷静になる。 
老師の台詞は無視していいと理解し、しかし仲良し夫婦の演技は必要だろうと首を捻った。 
よく何か月間もあの国王陛下の、臨時とはいえバイト妃をしていられたなと眉根を寄せる。
 
でも、二人きりの時は柔らかい声と小犬のような顔を見せてくれた。 傷を気遣う心配げな態度が素直に伝わって来て、落ち着くことが出来た自分だ。 バイト上司だという男性と一緒にいた国王陛下は険しい顔をされていて、顔を見ちゃいけない雰囲気があったけど、どちらが本当の陛下なのだろうか。 狼陛下といわれる、さっきの怖い雰囲気の陛下と演技をしなきゃならないのは辛い、怖い、難しい。
でも、それでも何か月も続けて来れたというなら、何かコツがあるのかも知れない。
それとも何か月も返済が続くような借金を負ってしまったというのだろうか。 
この私が借金・・・・。

「・・・・そうか、それで掃除をしていたのかな。 バイト妃だけでは返し切れないと、仲良し夫婦演技が必要じゃない時間に掃除をしていたのか。 ・・・・・どれだけの借金なんだろう」
「借金なんぞ、お前さんが子を生せば綺麗に消える話じゃ。 そのためには上手いこと押し倒されるように、今宵は御酒の用意をして艶めかしい夜着でお誘いするのが一番じゃ!」
「あ・・・眠くなってきました。 老師様の薬湯が効いて来たのかも知れません。 診て頂き、そして大変素晴らしい御教授をありがとう御座います。 ではお休みなさいませ」
「おお、良く寝ておけ。 夜は頑張るのじゃぞー!」

満面の笑みを浮かべて御爺さんは去り、静かになった部屋から見える景色に溜め息を吐く。
窓から見えるのは何処までも広がる白い世界。 雪が降る時期なのだとわかり、急に切なくなった。 自分のことは判るのに、いつの間にか季節が過ぎているのを見ると取り残された気分になる。
 
臨時花嫁、バイト妃。 そして掃除婦。
掃除婦ならわかるのに、どうして私の容姿で狼陛下唯一の妃のバイトを? 疑問が湧き上がるが、それよりも前に自分が他の人を騙して演技するなど信じられない。 狼陛下の寵愛を一身に受けている妃。 御爺さんの言うことが本当だとしたら、あの男性に抱き上げられているというのか? 私が?

「・・・・ない、ない。 有り得ない・・・イテテ」

頭を振ると痛みが奔る。 今自分が判るのはぶつけたのは頭と肩。 そして腕も捻ったのか少し痛い。
いろいろ考えていても埒が明かない。 もしかしたら寝ている間に実家に戻っているかも知れないし、消えた記憶が戻っているかも知れない。 苦いものも飲まされたことだし、素直に寝ることにしよう。

考えがまとまり、夕鈴は寝台に向かう。 天井から下がる天蓋、絹の敷布。 肌触りの良い夜着。
今までの下町バイトとはまるで世界が違う。 父さんは知人から紹介を受けたと言っていたが、仕事内容までは知らない様子だった。 何故、その時に怪しいと当時の私は思わなかったのだろう。
敷布を触ると驚くほど上質な感触に、戸惑いしか感じない。


「・・・・夕鈴、寝なくて大丈夫? 痛くない?」
「っ! あ、こ、国王陛下様・・・?」

背後から声を掛けられ、驚いて振り向き、もっと驚いた。 
額を押さえて痛みに耐えながら、困った顔を見せる陛下にさっきと同じ人物なのかと困惑してしまう。 衝立からそろりと顔を覗かせ、そしてゆっくりと入って来て、手には冬の時期には手に入らないはずの果物を持っていた。 目を瞬くと 「お見舞いだよ」 と柔らかな声が掛かる。

「・・・あ、りがとう御座います、陛下」
「まだ眠気が無いなら、少し話してもいいかな?」

促されて寝所から出ると居間のような部屋が見えた。 卓があり、長椅子があり、花器には冬なのに色鮮やかな花が飾られていて、茶器や衝立はどう見ても高級そうな品ばかり。 
頭をぶつけるような粗忽者が、ここにいていいのかと眩暈に襲われそうになる。








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テーマ:二次創作:小説 - ジャンル:小説・文学

長編 | 01:40:03 | トラックバック(0) | コメント(6)
コメント
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2014-02-20 木 09:51:23 | | [編集]
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2014-02-20 木 18:38:03 | | [編集]
Re: タイトルなし
ますたぬ様、コメントをありがとう御座います。旦那が急遽、お客さんと食事になりラッキー。でも作った後なんです。ちくしょー! 仕方がない。はい、続きです。夕鈴可哀そうだけど期待されていますか。(笑)記憶喪失、できれば雨の中だったら紅珠の創作物語風になったか?
2014-02-20 木 20:34:51 | URL | あお [編集]
Re: 勉強不足
ぶんた様、コメントをありがとう御座います。そうそう、女子スケートはうぬぬ、残念。大舞台では緊張しますよね。そんな中での羽生君はすごいと改めて感動です。そして熱い男といえば、〇ューゾー・マ〇オカ様です。くいしん坊!万才の・・・・何代目だ?の、方です。今どきの女子高生の話題って面白い。太陽にほえろは大好きだったので思わずネット検索に奔りました。(爆)そしてスマホ修理、御帰宅おめでとう御座います!

2014-02-20 木 20:42:34 | URL | あお [編集]
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2014-02-21 金 22:11:08 | | [編集]
Re: タイトルなし
ビスカス様、コメントをありがとう御座います。旦那様、若いですね! うちの旦那は「おお!」の一言で終わりです。娘大好きなので、余計なことを言わないのか? 娘のコスの協力をしていたらしく、今日赤いヘルメットを買って来ました。・・・・また会場まで送って行くことでしょう。男親って本当に面白い。 そしてすいません。次も浩大、桐は出ません。もう少しお待ち下さいませ。陛下を弄るのが楽しいので(笑) 出す予定ではありますが、もう少し先になります。
2014-02-22 土 00:22:50 | URL | あお [編集]
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