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融けた泉の扉  4
バイト夕鈴の話、続きです。まだ朝は寒さが厳しいですが、週末は穏やかになりそうですね。受験シーズン真っ只中ですので、これ以上の雪は勘弁です。


では、どうぞ












あちこち触らないように椅子に座ろうとしたが、茶器の存在に気付き 「お茶を淹れさせて頂きます」 と手を伸ばした。 すると、何故か陛下が隣に立ち、人の動きをじっと見つめてくる。 
その視線に妙な緊張感を味わいながら用意を進めていると、ふと近くに気配を感じる。 
少し顔を動かすと、肩の近くで宙を彷徨う陛下の手が見えた。 
しっかり振り向くと、その手が所載無げに下がって行き、首を傾げると陛下の背に回ってしまう。

「あ、の?」
「いや、記憶が無くても動きが滑らかだなって思って」
「そう言えば・・・そうですね。 やっぱり臨時花嫁って本当だったのね」

目の前にあるのは下町で扱う茶器とは比べ物にならないほど上質なものだ。 
茶葉もすごく高級そうなのに、躊躇なく動く自分の手に今頃驚く。
記憶が無くても身体は覚えているものなのかと呆けながらも茶を淹れ、陛下に差し出した。 皿を用意し、陛下が持って来た果物を無意識に剥きながら夕鈴は問う。

「あの、陛下からの話とは、記憶が無い間の妃演技についてでしょうか」
「演技よりも、頭の痛みがある内はのんびりと部屋で過ごすのがいいと思うんだ。 記憶が無くて居ずらいかも知れないけど、それでも夕鈴に後宮に居て欲しいなってお願いに来たんだよ」
「・・・・借金があると聞きましたので、返済が済むまではしっかりとバイトさせて頂きます。 ただ記憶がない分、皆様に御迷惑をお掛けすると思いますので宜しくご指導お願い致します」

夕鈴は皮を剥く手を止めて僕を見つめた後、慌てて顔を伏せてしまう。 
眉を寄せて唇を固く閉じ、皮を剥き終えると皿を僕の方へと押し出した。 膝上でしっかり握った手は小さく震え、それはバイト面接に来たばかりの夕鈴を思い出す。

「人前では・・・・侍女の前では寵愛を受けている妃として、僕が来た時は仲良し夫婦の演技が必要だけど、そんなに気を張って頑張ることはないから。 僕に合わせて寄り添うだけでいいからね」
「陛下の・・・・仰る通りにさせて頂きます」
「痛みが無くなったら、掃除婦のバイトを再開してもいいけど無理は禁物だよ」
「はい、頑張って借金返済を致します」

全身が強張っているようで、酷く緊張しているのが伝わって来る。 
それに借金返済の言葉。
元々借金が嫌いな彼女のこと、記憶が無い上に想定外の借金と聞けば頭の中は真っ白だろう。
だけどそんなに必死になって返済を急がなくてもいいと口に出したくなる。

「あのね、夕鈴。 もう一つ、話しておきたいことがあるんだ」
「はい、どうぞお話し下さいませ」
「妃推挙の話を悉く断って臨時花嫁のバイトを雇っているのには、僕の性格にもちょっと問題があってね。 それを解かって貰いたいのと、驚かないで欲しいと思って話しをしに来た」

やっぱり二人きりだと柔らかな口調になるなと、夕鈴は顔を上げた。 
少し困ったような顔が見え、それがどうしても小犬のように思えてしまう。 どうしてバイトにそんな顔を見せるのだろうかと思いながら、じっと見つめていると目の端に何か動くのが見えた。

「・・・・・・」

視界に移るのは自分の手。 痛みの無い側を持ち上げ、目の前の男性の髪を撫でているのは自分の手だと気付いたのは、その手を掴まれてからだ。 
目を瞬いて掴まれた手を凝視していると、はにかんだような笑みが目の前で零れた。

「もしかして・・・記憶、戻った?」
「・・・っ! ご、御無礼を致しました! ど、どうぞ話を続けて下さい!」

何をしたんだ、何で動くのだと夕鈴は一気に蒼褪めてしまう。 
陛下は笑ってくれたけど、ただの庶民が国王陛下の髪に触れるなど不敬だと斬り捨てられても文句は言えない。 慌てて立ち上がり拱手して低頭すると、肩を掴まれ座るように言われた。 驚きに身構えると、同じように驚き離れていく手を、何故か追い駆けて掴み取ってしまう。 
掴んだ手を見つめ、顔を上げると陛下と目が合い、慌てて手を離した。

「ああ!? も、申し訳御座いません!」

全く話が進まない。 その原因が勝手に動く自分の手だ。 
一度ひっこめた自分の手が、今度は陛下の手に勝手に触れてしまった。 
記憶が無いとはいえ、自分が庶民であると判っている。 いくら何か月もバイト妃をしていたとはいえ、国王陛下に気易く触れるなど、自分が信じられない。 勝手に動いてしまう手をどうしようかと狼狽していると、卓の上に手を置かれ、覆い被さるように大きな陛下の手が重なる。 

「落ち着いて、夕鈴。 大丈夫、記憶が無くても仲良し夫婦が出来そうだね。 安心したよ」
「いつも・・・・いつも、こんなことをしていたのですか? 手が自然に動いてしまうほど、身に付いているってことですか。 すごいわ、私。 で、出来そう・・・・かな?」
「夕鈴なら大丈夫だよ。 ・・・ところで、先に伝えておきたい話をしてもいい?」

手を押さえられたまま、陛下を見ると苦笑しながら目を細めていた。 夕鈴が頷きを返すと陛下は少しだけ俯き、ゆっくりと口を開く。

「下町で、僕のことを冷酷非情な狼陛下と言うのを耳にしていると思うんだ。 ・・・その噂通りの狼陛下で政務をしていてね、大臣や官吏を含めた王宮に従事する者の前では怖い王様をしている。 他の人がいる時は狼陛下で怖いと思うかも知れないけど、怯えないで欲しいんだ」

俯いた陛下が窺うように視線を向けて来る。 その顔はとても狼陛下には見えない。 
話された内容を頭の中で繰り返し、夕鈴は覆い被さる陛下の手を見つめた。

「・・・・臨時花嫁だけじゃなく、陛下も演技をされていると?」
「うん。 前にも話したけど、今の夕鈴は覚えていないよね。 そう、前陛下の内政を粛清した時、実権が家臣に握られないように『強くて怖い王様』を演じようと決めたんだ。 言っておかないと、今の夕鈴は驚くばかりじゃなくて逃げちゃうかなって。 誰もいない時はこっちの僕でいるから、その時は夕鈴も気楽に過ごしていいから」

ツキンと痛んだのは頭だったのか、胸だったのか。 掴まれたままの手を見つめ、夕鈴は既視感を確かに覚えた。 何処かで聞いたことのある台詞。 言ったのは目の前の国王陛下なのか。

「国の・・・ために、国を守るためにしていることなら、かっこいいことだと・・・・思います」
「夕鈴は変わらないね、前も同じことを言ってくれたんだよ。 ああ、そろそろ薬湯で眠気が出て来るころかな。 ゆっくり休んで。 それと、記憶は無理して思い出そうとしない方がいいからね」
「ありがとう御座います、陛下。 果物も・・・御馳走になります」

変わらないねと言われ、顔が強張り肌が粟立つ。 
柔らかな顔で茶杯を口に運ぶ陛下を見ながら、胸が重く感じる。
気遣われることが嬉しいと思う反面、いま目の前にいる私を通り越して別の私を見ているようで、視線が果物から離れなくなる。 高価な、この時期に珍しい果物も私じゃない私に持って来た品。 
冷酷非情の狼陛下が柔らかな笑みを向けるのは記憶を失う前の私にだ。
どうしてバイトの臨時花嫁にここまで気遣うのだろう。 本当に目の前の人が狼陛下なのだろうか。

冷たく冷やされた果物を口に運ぶととても美味しく、そして酸っぱく感じた。








その後は夕刻近くまでぐっすりと眠ってしまったようで、慌てて寝台から飛び起きると妃付きの侍女らしき女性が顔を出した。 夕餉の支度が出来ていると言われ、そう言えば朝から碌に食べていないと思い出した途端にお腹が鳴る。 上着を羽織り、隣室に移動して目を瞠った。
豪華な食事が並び、椅子を前に戸惑ってしまう。 
こんな御馳走をバイトが食べていいのか。 それとも陛下の分もあるのだろうか。 陛下は何処で食べるのだろうか。 先に座って食べてもいいのだろうか。

「あ、あの、陛下はまだ・・・・お仕事でしょうか」
「はい、そのように伺っております。 お妃さまの御様子を見に、昼過ぎに御足を運ばれましたが、お眠りになっておられましたので、直ぐに御戻りになられましたが、夜には来られると伝言を承っております」  
「昼、に一度来られたのですか・・・・」

借金がある身で、雇用人が来たのも知らずに深く眠っていたとは不覚! 
思わず頭に手をやり、痛みに呻く。 しかし深く眠ったにも拘らず、記憶は戻らない。

「お妃様、御具合の方は如何でしょうか」
「え? あ、ええ、随分と良くなりましたわ。 皆さんにも御心配をお掛けして申し訳ありません」
「いいえ、今朝よりも顔色が宜しいようで、安堵致しました。 薬湯も届けられております」

見ると濃い草色をした液体を湛えた茶杯が置かれており、味を思い出し乾いた笑が漏れる。 何時までも立っている訳にもいかず椅子に座ると給仕が始まり、妃演技をしながら食事をするという緊張感漲る中で食事をすることになったが、それは直ぐに中断された。

「お妃様、陛下がおみえになりました」
「え、はいっ! ・・・っと、お待ち申し上げておりました、陛下」

精一杯の笑みを浮かべて拱手しながら立ち上がると、大股で近付いて来た陛下が私の手を持ち上げ、妖艶な色気を漂わせて腰を攫う。 いったい何が始まったのかと目を瞠る私の額の髪を払うと、陛下が額を合わせ、間近で笑みを零す。

「熱は下がったようだが、顔が赤いな。 食事は今始まったばかりか」
「・・・・・・い」
「薬湯後の口直しを持参した。 君の唇のように甘い菓子だ。 楽しみにしてくれ」
「・・・・・・い」

腰を攫われたまま椅子に腰掛け、陛下と一緒の夕餉が始まる。 
確かに二人きりの時とはまるで違う雰囲気を醸し出す陛下にまともな返事が出来ない。 
狼陛下ってこんなに接触するのか、こんなに甘い言葉を吐くのかと頭の中が真っ白になる。 
息を整え、仲良し夫婦として一緒に御飯を食べる演技をしなきゃと思うのが、心臓がバクバクと跳ね回り、箸を持つ手が震えてどうしようもない。 だけど私がここにいるのは仲良し夫婦を侍女さんに見せつけるためだ。 そういうバイトだ。 出来る出来ないじゃなく、陛下のお越しに楽しそうに嬉しそうに演技をしなければならない。

演技って・・・・・そう言えば、眼鏡のバイト上司から何も聞いていない。
確か陛下に合わせて寄り添えばいいと言われたことを思い出し、横を向くと目を細めた陛下が箸で掴んだおかずを私へ運ぶところだった。 口端を持ち上げ、小さく頷かれた私は目を大きくしたまま口を開ける。 正直、緊張が過ぎて味なんか解からないが侍女さんたちの生暖かい視線を受けて、嬉しそうに見える笑みを浮かべた。 口を動かしていると陛下が顔を近付けて来るから、噴き出しそうになるのを懸命に堪え、涙目で何だと問うと、唇を指さされる。
夕鈴が目を瞠ると口を大きく開かれ、グルグル回る頭に浮かんだ台詞を口にした。

「・・・・陛下、お口に運ばせて頂きますわね」

こんなことを、私は毎晩していたのだろうか! 
食事が進むごとに羞恥に戸惑い、終わると同時に余りの恥ずかしさに居た堪れず薬湯を一気飲みする。 この苦さが現実だと咽喉越しの悪さに身悶えしていると、抱き上げられ長椅子に移動した。 老師が言っていた仲良し夫婦の抱っこが、食後直ぐに来たかと蒼褪めながらも必死に笑みを浮かべる私を、何故か膝上に乗せる。

「・・・・・え?」
「我が愛しい妃が苦い薬湯で顔を顰めるのを見ているのは辛い。 ほら、口を開けて」
「・・・・・あ?」

陛下が指で摘まみ上げた菓子が口へ押し込まれる。 
それはいい。 まあ、有りなのかなと思えなくもない。
だけど口の中に指まで押し込んで、私の目の前でその指を舐めるのは、演技といえど遣り過ぎではないのでしょうか。 今までの私は、バイトだからとそれを甘受していたというのか? 
気付けば侍女さんが夕餉の片付けをしながら微笑んで見ているのが判る。 驚きもせず羞恥に目を逸らすこともなく、そして片付けと同時進行で茶の用意を始めるから、バイト妃として動かなきゃと真っ白な頭に喝を入れた。

「とても甘い、ですわ。 ありがとう御座います、陛下」
「それは良かった。 私の指の方が甘く感じたがな」

それ以上喋るなーっ! と心の中で盛大に叫びつつ、私は嬉しそうに微笑んだ。 
これは間違いなく狼だ。 
午前中の小犬は何処に行ったんだと必死に辺りを捜しながら笑みを浮かべていると、クラリと目の前が歪んで見えた。 何だろうと額に手を宛がうと、侍女さんの驚いたような声が聞こえる。

「お妃様? 眩暈ですか、御気分は?」
「・・・あ、大丈夫です。 薬湯が効いて来たのかも知れません。 先ほどまで寝ていたのに、おかしいですわね。 でも御心配は要りませんわ、もう本当に大丈夫ですから」
「それだけ身体が参っているのだろう。 無理せずに休んだ方がいい」

浮遊感と共に自分が再び抱き上げられたと知った。 陛下が私を抱き上げて向かった先は、寝所だ。
背後から燭台と茶器を持った侍女さんが追い掛けて来て、寝所の卓に置くと静かに下がっていく。
寝台に降ろされ、顔を上げると眉を寄せた陛下が心配そうな表情を見せる。

「も、もう大丈夫です。 申し訳御座いません、ちゃんと演」
「しー、夕鈴。 声が大きいよ。 ごめん、ちょっとだけ待っていてね」 

踵を返した陛下が寝所から何か声を掛けたようで、隣の部屋が静かになった。 
戻って来た陛下が寝台に腰掛ける私の横に座り、額にそっと手を当てる。 寝台での陛下の行動に余りにも驚いて飛び退くと、慌てたような声を出される。

「熱はないかなと思って。 痛いのかな? それとも他に症状が出た?」
「い・・・いえ、本当にもう大丈夫ですから。 それよりも私の演技に問題はありませんでしたか? 仲良し夫婦を侍女さんはどう見たでしょうか。 それと毎回・・・・あんな夕餉を?」

不安を胸に顔を向けると、嬉しそうな顔の陛下に頷かれた。 何故か大きな尻尾のようなものが見え、それが左右にブンブンと振られている幻が見える。 満面の笑みと幻の尻尾が揺れる様に、夕鈴は肩を落として項垂れるしかない。










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テーマ:二次創作:小説 - ジャンル:小説・文学

長編 | 02:04:04 | トラックバック(0) | コメント(6)
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2014-02-22 土 06:53:01 | | [編集]
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2014-02-22 土 13:06:58 | | [編集]
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2014-02-22 土 19:59:06 | | [編集]
Re: タイトルなし
ますたぬ様、コメントをありがとう御座います。陛下、企んでる? ええ、もちろん!(爆) 李順さんが元気に叱責の雷を落とすことでしょう。張り切るのは老師。色っぽい話になると思っている当たり、若いですよね。うん、若い。
2014-02-22 土 20:31:17 | URL | あお [編集]
Re: 動揺中
ぶんた様、コメントをありがとう御座います。そしてもう発売した商品を手に? 羨ましいです。指を銜えてじっと我慢の子をしてます。動揺するような話ですか、もうそれだけでドキドキしています。心不全かしら(要受診) そう、不安な時っていつも以上に触れたくなるものです。服や枕、ペットや子供、そして陛下。それが嬉しい陛下が少し暴走。すいません、こんな陛下でもお付き合い下さいませ。
2014-02-22 土 20:40:33 | URL | あお [編集]
Re: タイトルなし
らぁ様、コメントをありがとう御座います。見えましたか、嬉しい。尻尾を振って可愛いふりした狼という黒いのが・・・・(笑) きっと李順さんに見つかることでしょう。そして夕鈴も一緒に怒られる? うう、可哀想なバイトです。・・・・誰のせい?
2014-02-22 土 20:47:38 | URL | あお [編集]
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