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融けた泉の扉  6
バイト夕鈴、そろそろ「転」です。野菜が高い今日この頃、ポトフが食べたい、サラダが食べたい、キャベツの千切りが、白菜が、鍋が・・・・と財布の中身を無視して食事を作ってしまいます。娘が「快便だ」と喜ぶ顔を見せるから困りながらも作ってしまう。野菜高騰、増税・・・・今、一番聞きたくない言葉です。


では、どうぞ











男性に、それも国王陛下の膝上に乗った状態で抱き締められるなど、演技だと言われても叫んでしまいたくなる。 それも侍女が下がった今、演技はもうどこにも必要ないではないか。

「なぁ! な、な、ひ、人がいません! 演技の必要は、な、ないです!」
「人がいない時にこそ、練習しておかなきゃ駄目だろう? 夕鈴は覚えがないだろうけど、日々こうして練習して来たんだよ。 真面目で頑固な夕鈴と、ね」
「れ・・・・練習、ですか。 そう、ですか」

聞こえて来た言葉に身体から力が抜ける。 
跳ねていた鼓動が鷲掴みされ持ち去られたような感じもあったが、それを何と表現したらいいのか判らない。 演技の練習だと言われれば、記憶がない自分は納得するしかないが、膝上のままでは流石に落ち着かないと訴えた。 だけど 「いつもと同じようにしていたら思い出すかも」 と言われ、閉口する。 
こんな毎日を送っていたのかと顔を上げると間近で見つめ返され、その整った顔貌に目を瞬いてしまう。 嬉しそうな顔なのに何処か寂しげで、狼陛下の演技をしなくてはならない陛下の苦労が垣間見えた。
狼陛下として内政を整え、今は煩わしいだけの妃推挙を退けるために臨時花嫁と仲良し夫婦の演技をする。 いずれ来る御世のために必要だと、バイトとの演技を余儀なくされている。

眠気のような鈍重感が頭の奥にじわりと広がり、薬湯のせいかと目を閉じた。 
眩暈にも似た感覚は気持ちが悪い。 もうそろそろ戻った方がいいのではないかと目を開けると、顎を持ち上げられ青空と黒髪が揺れるのが見え、陛下の顔がとても近いと思った。 

「・・・・陛下?」
「・・・・あ」

夕鈴が問い掛けると離れて行く陛下の顔。 口元を覆い何か呟いたかに見えたが、それよりも離れて行く陛下に不安が過ぎる。 練習も上手く出来ない自分に呆れているのだろうか。 
今までの記憶はどうしたら戻るのだろう。 
そして記憶が戻ったら、今の自分はどうなるのだろう。 頭に浮かんだ考えに、ふるりと身体が震えた。 足元から真っ暗な穴に向かって落ちていくような焦燥感が背を這い上がり、吐き気がしてくる。 肌がざわつき、夕鈴は知らず浅い息を繰り返す。

「夕鈴、寒い? 顔色が悪いな」
「ちょ・・・と、寒いのかも知れません。 すいません、御指導下さっている時に」
「いや、部屋に戻ろうか。 まだ春には遠いからな」

足元が覚束無い気がして立てるだろうかと卓に手を着いた途端、また陛下に抱き上げられた。
今度は横抱きされ、こんなことは駄目だと抗おうとすると強く抱き締められる。 心臓が痛いほど跳ね息が苦しくなり、だけど力強く歩き始めた陛下に声を掛けることも出来ずに夕鈴は唇を噛む。 何度も何度も抱き上げられる。 それが当たり前の日常だというなら、慣れなくてはならない。 これも慣れるための練習だというなら、黙って従うべきだろう。

部屋に入ると侍女を下げ、そのまま寝所へと連れ行かれた。 
丁寧に沓を陛下に脱がされ、丁寧に横にされて掛布を掛けられ、そっと額の髪を払われて陛下の手が触れる。 固まったままの夕鈴に笑みを向ける陛下が安堵の息を吐き、「熱はないようだね」 と言われ、そこでようやく気付く。 横抱きで運ばれたのは演技ではなく、自分の体調が気遣われているのだと。

「もっ、申し訳御座いません! だ、大丈夫です。 薬湯で眠気が増しただけでしょうから、問題はありません。 それなのに陛下に抱き上げられるなど、ご、ご、ご、ごめんなさい!」
「落ち着いて、夕鈴。 何度も勝手に抱き上げたのは僕の方でしょ? 夕鈴が謝ることは無いよ」
「く、沓まで脱がせてしまい、本当に・・・・すいません」

小犬と狼の使い分けが上手く、どう対応していいのか時に惑わされる。 それに上手く対応するのがバイト妃なのだろうが、記憶がない分どうしていいのか判らない。 まだ卓の上には開いてもいない妃教育指南書があり、視線を向けると陛下がそれに気付く。

「ああ・・・、あれは気にしなくていいよ。 記憶がないのだから仕方がない」
「し、仕方がないでは仕事になりません! 痛みも緩和されましたし、しっかりと稼ぐためにはしっかりと働くのが基本です。 もう大丈夫ですから、御指導をお願い致します」
「・・・・本当に真面目だね、夕鈴は」

困ったような顔で笑われ、はたと気付いた。 陛下は仲良し夫婦を侍女に見せるために、私を使っただけだ。 本来なら仕事があるだろう。 国王陛下ともなれば膨大な量の仕事が待っているはず。 
ここでバイト妃に指導する暇があるなら、あの厳しそうな側近殿が______。

「陛下、御休憩は御済でしょうか!」

既視感に驚き、寝所入口に佇む眼鏡の上司の姿に息を飲む。 見たことのある光景のようで、一気に夕鈴は蒼褪めた。 鋭い眼光は陛下と共にバイトに向けられ、更に隣にいる陛下から昏い雰囲気が漏れ出すのを感じる。 何度か体験したのだろう、胃がきゅっと締め付けられる感覚は確かに身に覚えがある。

「・・・・李順、急ぎの書簡でもあるのか」
「ええ。 卓上に大量に積まれた状態で、陛下のお越しをお待ちで御座います。 それと、夕鈴殿にお話が御座いましたが、顔色が悪い様子ですので明日の午前中に致しましょう。 医官姿の浩大を寄越しますので、明日は部屋で御待ち下さい」
「え・・・、は、はい!」

慌てて寝台で正座をすると、ツキンッと痛みが奔った。 僅かに眉を寄せると頬に陛下の大きな手が触れ、心配げな表情が近付き、窺うように見つめて来る。

「お、大人しく寝ております。 晴れ間が見えたといっても、やはり外は寒いようですね」
「暖かくして休むんだよ。 これで風邪をひいたら薬湯が更に苦くなる」
「・・・・それは困ります」

これから仕事だという陛下には悪いが、大人しく休むことにして夕鈴は目を閉じた。 天蓋が降ろされ、薄暗くなると急に眠気が押し寄せて来る。 薬湯のせいなのか、記憶がない分気を張っているせいなのか、そのまま深く眠ってしまった。




***




「陛下、余り今の夕鈴殿を外に連れ出さない方が宜しいのではないですか? 正直、そんな暇もないと自負して頂きたいものです。 この後は大臣との謁見がありますので、急ぎ謁見の間へ移動して下さい」
「どんな時でも一生懸命な夕鈴の様子を見に行っただけだ。 途中で気分が悪くなったようで、庭園から戻り寝かせたばかりで・・・・ああ、薬湯を飲むよう伝え忘れた。 口直しの菓子を持って見舞って来よう。 直ぐに戻るから、大臣は待たせておけ」
「そんな訳にはいきません! あとで浩大に運ぶよう指示しますから、陛下はさっさと向かって下さい。 これ以上書簡が溜まるようでしたら・・・・・中央殿に閉じ込めますよ」

大仰に溜め息を吐くが有能な側近の態度は変わることなく、急き立てられるように謁見の間へと移動することになった。 記憶があってもなくても基本は変わらない夕鈴に、思い出すと苦笑が漏れてしまう。
ただ笑顔が殆ど見られない。 
彼女らしい笑みがなく、しかし記憶がないという不安がある状態で笑えと言う方が無理かと視線を落とした。 小犬で対応しても謙った感があり、緊張が続くのも今の夕鈴には良くないと考える。

狸との謁見が終わり、いいことを思い付いたと執務室に戻るなり陛下は李順に訴えた。

「いっそのこと場所を移動して、夕鈴が喜んでいた温泉のある離宮に」
「陛下、今夜はこの書簡の山を崩すまで、寝かせる訳には参りませんからね!」

李順の叱責に嘆息を零して筆を動かし始めるが、どうしたら笑顔を見られるかと考え続けた。
借金返済のためにバイトをしなくてはならないと痛みを耐えて張り詰めているようで、頼ってくれないことに不安を感じる。 いつも真面目に頑張っている彼女だが、今だけは休むことも必要だろう。 無理はさせたくないと思いながら、狼陛下の演技で彼女に触れてしまう自分だ。 

「閉じ込められるのは厭だけど、距離を取るのは必要かな・・・・」
「必要でしょうね。 山が崩れなければ強制的にそうなりましょう」

呟きに即答され、陛下は口を閉ざした。
どうしても近付くと手を出したくなる。 バイトとして演技は必要だと思っている夕鈴は、困惑しながらも付き合ってくれるが負担になっている可能性もある。 少しは掃除だけをさせて、のんびりさせるのも必要だろうか。 夜に顔を出すだけにして、今の内に政務を片付けて記憶が戻ったら温泉のある離宮で癒すのがいいかも知れない。
そうと決まれば、やる気が満ちる。 筆を取り署名をし、印璽を押し、書類の不備を指摘する。

「・・・・そのように張り切りましても、余計な経費は許可出来ませんからね」
「余計な経費を掛けるつもりはない。 目の前の仕事に精を出して文句を言われるなど、心外だ」
「・・・・・・」

側近は黙って眼鏡を押し上げた。
面倒事は水面下で静かに動き出している。 密偵から、数日妃が政務室に来ないだけで官吏の一部が噂を流し始めていると報告が上がって来ている。 下っ端妃への寵愛が薄れている今が新たな妃推奨の良き機会ではないかと、まことしやかに流されているという。 
そんな話を陛下に持ち掛けたら、どれだけの嵐が上陸するか想像に易い。
政務が滞る原因を作らないで欲しいと願うばかりだ。 面倒だが、明日の午後にでも政務室で大人しく座らせるべきか。 浩大を侍官として、バイト娘に誰も近付かないようにし、陛下と仲良し夫婦を演じさせるのが噂の払拭には手っ取り早いだろう。
寝て起きたら記憶が戻っていた。 
それが一番だったのだが、あのバイト娘は毎度毎回厄介ごとを引き寄せるものだ。

ギリッと咥内奥から音が響き、李順は意識を取り戻す。 
新たな書簡を嘆息と共に陛下に渡し、署名の済んだ書簡を長函に詰めながら、視線を卓上に移した。 
山と積まれた書類と書簡は容易に崩れることは無い。 
地方からの詳細な報告。 各州に飛んだ密偵からの各貴族間の問題報告。 王都を含めた大きな町にある商家調査報告。 他にも忍び込んだ密偵や刺客と思しき人物の調査。 
膨大な書類に目を通し、次の流れに乗せる。 狐や狸を上手く利用し、内外の動きを網羅し把握する。
余計なことに気を取られている暇はない。
暇はないはずなのに、それを承知しているはずなのに、・・・・陛下は自由気ままに動かれる。









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テーマ:二次創作:小説 - ジャンル:小説・文学

長編 | 01:15:06 | トラックバック(0) | コメント(8)
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2014-02-26 水 00:47:34 | | [編集]
Re: タイトルなし
ますたぬ様、コメントをありがとう御座います。今日は花粉がひどいのか、目が痛くて涙が出て、鼻水が出て辛い一日となりました。今年は少ない情報だったのに、天気の良さに元気に飛び回っているようです。お仕事、大変ですが頑張って下さい。もう頑張るしかないですものね。本当に話が長い男性って困る。こっちの話は碌に訊かないくせにと文句を言いたくなる。そして桐、お待ち下さいませ。
2014-02-26 水 19:01:10 | URL | あお [編集]
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2014-02-27 木 20:50:35 | | [編集]
Re: テレプシコーラ
ぶんた様、コメントをありがとう御座います。わかります。職場で漫画を見ている人が少ないため、男性雑誌も読む私はもっぱらサンデーやジャンプ、マガジンの話で男性社員と盛り上がります。年下の女性上司が昔のまんが好きで、こっちとも盛り上がれますが、他は殆ど読んでないですね。その分、娘や娘の友人、息子と漫画の話で盛り上がれます。ちょいと趣味は違いますが(娘はコスプレ大好き、オフ会参加もばっちり:息子はゲーム系が多いかな。あとはジャンプ)大抵は話せますから。マジに今回はドキドッキです。毎回のことながら来月号が楽しみです。いい報告が知りたい!
2014-02-27 木 22:50:10 | URL | あお [編集]
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2014-03-01 土 23:44:25 | | [編集]
Re: タイトルなし
ビスカス様、コメントをありがとう御座います。暫くコメントが無かったので、また具合が悪くなったのかと心配でした。大変さが続くようですが、「まくとぅそーけーなんくるないさ」です。同じような経験がありますが、同じようでまるで違うものと判っております。上手い励ましが出来ない自分の語彙にへこみますが、「なんくるないさ」で乗り切りましょう。ちょいと仕事が忙しく更新がままならずに進んでおりませんが、のんびり続けています。ビスカス様からのコメント、すごく嬉しいです。そしてのんびりお付き合い下さい。コメントや拍手に励まされ続けている私です。のんびり見て頂けるだけで、頑張れます。あ、ビスカス様は頑張り過ぎないよう、気を付けて頑張って下さいませ。お母さんが元気に笑っているのが一番ですから。コメント頂けて、ほっと安心、そして喜びです。
2014-03-02 日 01:19:19 | URL | あお [編集]
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2014-03-03 月 00:14:26 | | [編集]
Re: タイトルなし
らぁ様、コメントをありがとう御座います。延びましたか。仕事が出来る人は大変ですね。そう考えるしかないか? 出向先にまた呼ばれるのは嬉しい半面、面倒と思うこともあります。移動時間がとか、慣れない場所は動きにくいとか、うぬぬ。本当に指名されるのはいいけど、自分の仕事もあるし。そちらでも無理せずに頑張って下さい。最近はラノベにはまってますが、読み始めると集中しちゃうから常に台所に置いておきます。(笑)煮込みの時や炒めながら、読んでます。寝床に置くと宵っ張りが酷くなるので、自重中。視力低下が進むと困るもの。
2014-03-03 月 14:52:40 | URL | あお [編集]
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