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融けた泉の扉  19
最近、視力が落ちて来たのを痛烈に感じる。買い忘れた品を車で買いに行く時、休みの日に夕方車を走らせている時、テレビからパソコンに視線を移した時、娘に「見て」と言われてスマホ画面を見た時。
眉間に皺が寄るのを感じる。眼鏡を新調しなきゃ駄目だろうなぁ。・・・・・面倒だ。

では、どうぞ












彼女の血の気が失せた真白い手が、ゆっくりと床へと伸びていく。 
伸びた先にあるのは、床に落ちて割れた白磁の大きな花瓶だろうか。 
活けていた花が割れた花瓶の破片を彩り、まるで模様のように見える。 しゃがみ込んだ彼女の長裙が濡れた床に触れ、色が濃く映える様がとても綺麗に見え、異常とも思える光景から目が離せない。 
何かを拾い上げた彼女の口元が妖艶に持ち上がっていく姿に、夕鈴は首を横に振った。 それは駄目だと恐ろしいほどの震えに視界を揺らしながら、口元を押さえ続ける手が酷く震え始める。 
そして彼女が拾い上げた物が割れた花瓶の欠片だと知った瞬間、夕鈴から悲鳴が上がった。

いや、劈くような悲鳴は自分が上げたのだろうか。 
回廊にいた侍女や医官の声かも知れない。
頭いっぱいに響く音の洪水が煩い。
何時までも鳴り響く音に寒気が奔る。

見てはいけないと目を逸らしたいのに、顔も足も少しも動こうとしない。
何をするのか理解出来、同時に理解したくないと顔を歪める。
だけど夕鈴の声も、周囲の声も彼女には届かない。

静かな笑みを浮かべた彼女は白磁の欠片を首に宛がい、深く抉るように動かした。 
直後、首から赤い花びらが盛大に咲き綻び、部屋一面を彩る。 
驚愕の表情で悲鳴を上げているだろう侍女たちを、まるで他人事のように見つめる彼女がゆっくりと崩れ落ち、豊かな黒髪が床に乱れ広がる。 彼女が身に纏っていた衣装に朱が滲み、別の衣装に着替えたかのように見えた。 虚ろな眼を宙に投げた彼女の足先が痙攣を起こし始めると、医官が何か叫びながら部屋に足を踏み入れ、指示を受けたのか侍女が何処かへと走り出す。
医官の袖や裾が赤黒く染まるのを目にしても、夕鈴は動けずにいた。
彼女の側で跪く医官が何か喚きながら、布を首へ押し当てる。 指示を受けて手桶に水を持ち運ぶ侍女や、侍医を引き連れて戻って来る侍女、回廊では宦官が騒ぎに集まった衛兵に説明を始めた。 
誰もが蒼褪めた顔色で彼女を取り囲み、人影に彼女の顔が見えなくなる。 音が聞こえない夕鈴は震える手を胸に押し当て、僅かに見える彼女の足先を息を潜めて見つめ続けた。

痙攣が止まり、ピクリとも動かなくなった彼女の足。 
赤黒い染みが広がる医官の衣装。 
部屋の片隅にまとまり顔を伏せて身体を震わせる侍女。 

ふと、夕鈴の項を嫌な気配がチリリと翳めた。 
その気配に恐る恐る振り向いた夕鈴は、冷水を浴びたかのように動けなくなる。

夕鈴の視線の先には、団扇で口元を隠した女性たちが仮面のような顔を向けていた。 幾人もの女性たちが回廊に立ち、深淵のような双眸で彼女の部屋を見つめている。 憐れむでもなく蔑むでもなく、微動だにせず虚ろな視線を向ける女性たちが、とても怖いと思った。 何を思って見つめているのだろうと、渇いた咽喉に唾を飲み込んだ夕鈴は老師の言葉を思い出す。 
後宮は国王陛下にとっては癒しの場でも、そこに住まう妃に癒しはない。  
女性たちが向ける視線は夕鈴に後宮の闇を伝え、それが怖いのに哀しいと胸が痛くなる。
顔を顰めた夕鈴の視線の先で、ふと仮面のような表情に動きが見えた。 一斉に踵を返して去って行く妃たちに驚き、同時に心臓が大きく跳ねる。 夕鈴が振り返ると、彼女の部屋中央の床に白い布が見えた。 内から滲み出すような殷紅色と、その傍で泣き崩れる侍女の姿と侍医の表情から全て理解した。 
彼女が目覚めることは二度とないのだと。 





「・・・・・鈴っ! 夕鈴っ!」

視界に映るのは眉間に皺を寄せて私の名を呼ぶ陛下の貌。
どうしてここに陛下がいるのだろうと考え、着替えるために連れて来られたのを思い出した。 急に目の前に昔の光景が浮かび、私はどのくらいの間呆けていたのだろうかと息を吐く。 ぼんやりしたまま顔を上げると、陛下の大きな手が気遣うように頬を撫でる。

ぼんやりと呆けたままの夕鈴は暖かな手に撫でられながら、あの女性は真剣に国王を愛し、求め、そしてその愛は行方を失ったのだろうかと考える。 唯一の人から与えられない寵愛と、他の妃へ向けられる寵愛。 自分も寵愛の証を、果実を実らせて欲しいと切望し、しかしそれが叶えられないと手に入らないと知り深い絶望に打ち拉がれて自ら命を絶ったのだろうか。 
目の前の陛下の袖を強く掴んだまま、きっとそうなのだと夕鈴は思った。 後宮はそういう場所だと、老師の言っていた通り血で血を洗う修羅の場所なのだと白昼夢が嗤う。 庶民には考えられない価値観で出来ている場所だと嗤いながら伝えて来る。

夕鈴は強く目を瞑って奥歯を噛んだ。
そんなことを伝えられても自分にはどうしようもない。 
だって自分はバイト妃で、臨時花嫁で、借金返済と共に姿を消す唯の庶民だ。 
後宮がそういう場所だとしても自分の立場では何一つすることがない。 すべきでもない。
境界線の向こう側には立ち入ってはいけないのだから。

「夕鈴、このまま休んでいろ。 貧血かも知れない。 顔色が悪い」
「もう大丈夫です。 陛下が急に抱き上げるから驚いただけです」
「午後は部屋でゆっくり休んでいいから」
「本当にもう大丈夫ですって! 仕事はちゃんと出来ますから」

心配げな顔が近付き、撫で擦っていた手が血の気が引いた冷たい頬を包み込む。 その温かさに自分の手を重ね、やる気に満ちた表情を向けると今度は冷たい視線に見下ろされた。 途端に変わる狼の冷たい双眸を前に、目を瞠った夕鈴の背筋に冷たいモノが奔る。

「・・・・もし政務室で再び貧血など起こしたら困るだろう。 少しここで休んで、その後は部屋に戻って侍医に診て貰うように。 寝所から出ずに大人しく休んでいて欲しい。 いいね?」
「で、も・・・・・うぅ。 ・・・・はい、わかりました」

有無を言わせぬ態度に項垂れると、頭巾と眼鏡を取られて抱き締められる。 頭上で静かに吐かれる息に陛下の心配が伝わって来て、夕鈴は目が潤みそうになった。
 
もう簪の持ち主はいない。 探しても返す相手はいない。
後宮に住まう妃たちの気持ちなど理解出来ない。 貴族息女は皆いつかは後宮にと親の期待と憧れを抱き、その後宮に足を運ばれる陛下はどんな気持ちで妃たちからの情愛を受け止めるのだろう。 
もちろん時の国王によっても好みや寵愛は変わるのだろうが、たくさんの妃がどんな気持ちで唯ひとりの訪れを後宮という籠の中で待ち焦がれているか知って欲しい。 
・・・・・・いや、そんな風に考えるのも自分が庶民だからなのかも知れない。 
後宮とは国王陛下が心安らぐ場所で、世継ぎを生す場所。 
国王陛下が癒されるために足を運び、そこに咲く華へ寵愛を注ぎ、次の世代を生す。

夕鈴は大きく息を吸い、膿のような考えを吐き出した。

「それでは着替え終えたら部屋に戻って休ませて頂きます。 明日はちゃんと仕事しますから」
「夜に顔を見に行くから、しっかり休んでいるんだよ」

優しげな小犬の声音に、夕鈴はゆっくりを顔を上げた。 この世界に住まう高貴な人が柔らかな視線を落とすのは、臨時花嫁にだ。 観客のいない場所で優しげな夫の演技をする陛下が、本来のいるべき場所へと踵を返して去って行くのを夕鈴は複雑な感情で見送った。
向かった先は難しい政務が待つ陛下の世界。 立ち入ることが出来ない境界線の向こう側。
臨時花嫁でも、期間限定のバイト妃でも、陛下の役に立てたらいいと思っていた。 
自分に出来ることなど僅かだと知っている。 
でもその僅かなことに陛下が癒されてくれるなら、此処にいる間は精一杯頑張ろうと決めたのだ。 好きだという気持ちが溢れないように、見つからないように心の奥底へ隠しながら。


着替えを済ませた夕鈴は老師の許へ向かった。 書架に詰め込まれた書簡を紐解いていた老師は、頼まれた部屋の主を探していたようで振り向くと持っていた書簡を突き出して来る。

「探してみると詳細は省くが、そんな昔の話ではなかったようじゃ。 しかし残念ながら妃は亡くなっておる。 まあ、簪は眼鏡小僧に渡すのが妥当のようじゃな」
「・・・・・そうですか。 では後で李順さんにお渡しすることにします」

桐が亡霊と言っていたのが正解かと腹が立つが、簪をどうすかの指針が決まって安堵する自分もいた。 持ち主が既に居ないのなら、これ以上自分が関与すべきではない。 李順さんに任せるのが一番いい。 
頭の隅に残るのは、でもどうしてそんな過去を自分が観ることになったのかということ。 

「・・・・って、私は幽霊を見たの!? 後宮に滲み付いた妄執ってヤツ、なの!?」

ぞくりと肌が粟立ち腕を擦っていると、老師が蒼褪めた顔色の夕鈴に 「熱い茶を淹れろ」 と声を掛ける。 自分が放った言葉に震えながら茶を淹れていると浩大が顔を出した。

「あ、オレにもお茶淹れてぇ。 お妃ちゃん、顔色悪いけど大丈夫~?」
「浩大ぃ・・・。 わ、私が見たのってぇ、お、お、お、お化けなのぉ?」
「それは知らないよ。 お妃ちゃんが何を見たのか、話だけで全く分からないもんな~」
「さ、さっき・・・・・血がいっぱいの場面が見えてぇ・・・・・」

手に持つ茶杯から熱い茶が零れ、慌てて卓に置くが手の震えは止まらない。 
今にも頭の中いっぱい甦りそうで、力いっぱい頭を振ると振り過ぎで眩暈がした。 

「正直な話、王宮でも後宮でも互いの足を引っ張り合うのは珍しくも何ともない光景で、誰もが陛下の関心を得ようとしておる。 女同士の諍いは美しく装った笑みの下で繰り返され、幾人もの女人が陰で泣いたものよ。 ましてや寵愛が一人だけに注がれてはのぅ・・・・・」
「それって・・・・・」

瑠霞姫から聞かされた言葉が夕鈴の脳裏に浮かぶ。 
寵愛が深ければ深いほど、他の妃から嫉妬を受けるものだと。
後宮の華が美しく咲き誇ろうとも、生きていくには厳しい場所だと。

勝手に悲しい話を聞いてしまったと報告に向かった私に、陛下は驚きに目を瞠ったあと優しげに微笑んで 「僕のことなんかで泣かなくてもいいんだよ」 と抱き締めてくれた。 立ち入ってはいけない境界線の向こう側に足を踏み入れた私を叱ることなく、伸ばした手を陛下は掴んでくれた。 
・・・・陛下なら、きっと皆が幸せになる後宮を作ることだろう。 

「お妃ちゃーん、眉間に皺が寄ってるよん。 怖いー?」
「怖い・・・・けど、それだけじゃないようで・・・・。 上手く言えないけど・・・・・」

垣間見た昔の後宮の幻は確かに怖いと思う。 美しく彩られた花達が咲き誇り、唯一人のために微笑みを浮かべる場所。 だけど厳しい現実が待っている場所であり、訪れを待つだけの牢獄のような場所ともいえる。 バイト妃として寵愛を誇示するために政務室に顔を出しているけど、本来なら妃は後宮にて陛下の訪れを待つ存在。 待って待って待ち続け、そして彼女は壊れたのだろう。 もう同じことが繰り返されないよう、陛下は臨時花嫁を雇っている。 陛下のお母さんのように辛い目に遭う人が出ないように。

「怖いなら添い寝して欲しいって伝えたら? 頼られたら、陛下はすっげぇ喜ぶだろうね」
「どうして喜ぶのよ。 それに怖いとは違うのよ。 何て言えばいいのか難しいけど・・・・」
「一人寝が出来ぬほど怖いから、早めに部屋に来て欲しいと伝えればいいのか?」
「・・・きっ! 桐、いつの間に戻って来たのよ!」

窓枠に腰掛ける桐に浩大が菓子を投げ渡す。 それを無表情のまま口に放り込んだ桐が首を傾げるから、頭を抱えて手を振った。 忙しい陛下の邪魔をしてはいけない。 そんなことをしたら李順さんからバイト規約を話し合いましょうと別室に閉じ込められることになる。
寒気に身震いして腕を擦ると、浩大がじっと注視しているのに気付く。

「そんなこと言わないでよ! 李順さんの耳に届いたら絞め殺されちゃうわよ、私!」
「ええー、言わなくていいのぉ? まあ、夜に顔を出すだろうけどさぁ」
「く、来るとは言っていたけど・・・・・余計なことは伝えなくていいからね!」 
「・・・・お妃。 李順殿が、いつもの部屋に寄るようにと言っていた」              
「へ?」             

菓子を食べ終えた桐が冷めた茶を一気に飲み干す。 飄々とした顔で 「伝えたからな」 と窓から離れて行くのを夕鈴は茫然として見送り、そして蒼褪め慌てて立ち入り禁止区域から走り出した。








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テーマ:二次創作:小説 - ジャンル:小説・文学

長編 | 00:16:51 | トラックバック(0) | コメント(12)
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2014-05-04 日 08:16:00 | | [編集]
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2014-05-04 日 16:23:37 | | [編集]
Re: 良い天気です
ぶんた様、コメントをありがとう御座います。そして、蚊、ですか? もうですか? 急いでフィラリアの薬を愛しいワンコに飲ませなければ! 娘が学校休みになると、家族で出掛けるのかと少し動くだけで犬がぴったりくっついて来る時期です。その必死さが、マジ、可愛いと悶えます。underもお読み頂き、ありがとう御座います。ぶんた様も体調にはお気を付け下さいませ。
2014-05-04 日 22:41:19 | URL | あお [編集]
Re: タイトルなし
ますたぬ様、コメントをありがとう御座います。李順さんからのお話に走り出した夕鈴。次の段階にようやく移れます。今回はマジに時間が掛かってますが、お付き合い頂けたら嬉しいです。underもお読み頂き、ありがとう御座います。長く裸のまま放置すると風邪をひく可能性があるので、汗を掻かせなきゃと焦ってます。(笑)これからジワジワと雨の時期に移行するのでしょうね。出勤するのにめちゃくちゃ厭な時期。考えるだけでキノコが生えそうです。
2014-05-04 日 22:44:27 | URL | あお [編集]
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2014-05-05 月 00:46:30 | | [編集]
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2014-05-05 月 00:54:46 | | [編集]
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2014-05-06 火 00:07:30 | | [編集]
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2014-05-06 火 23:15:28 | | [編集]
Re: タイトルなし
いつき様、コメントをありがとう御座います。返信が遅くなり本当にすいませんでした。連休はどうお過ごしでしたか? 私の方は通常運転で、休みは娘と犬に振り回され、その後犬が具合悪くなり寝不足です。一晩経過して犬は元気になりましたが、カラオケに行った娘が腹痛で迎えに行き、なかなか忙しい日々でしたよん。(泣)またのんびり更新していきますので、お付き合い頂けたら嬉しいです。
2014-05-08 木 21:16:26 | URL | あお [編集]
Re: タイトルなし
彩華様、コメントをありがとう御座います。返信が遅くなりすいませんでした! 視力低下って地味に辛いですよね。でもなかなか眼鏡屋さんに行かない自分です。行ったら時間掛かるし、まだ眉を寄せたら見れるし~・・・・なんて言っていたら酷くなるだろうに(自爆)underもモソモソ書いている最中です。見直しに時間がめちゃめちゃ掛かるのですいません(汗)
2014-05-08 木 21:21:35 | URL | あお [編集]
Re: タイトルなし
ビスカス様、コメントをありがとう御座います。そして返信が遅くなり申し訳ないです! 桐は結構人気があってメチャメチャ嬉しいです。えへへ~っと鼻の下を伸ばしてしまいます。あ、鏡で見たらすごい伸びていた(焦) 連休中はいかがお過ごしでしたか?うちは通常運転の上、愛犬の具合の悪さに振り回されてしまいました。丸一日ぐったりした犬に付き合い、休み明けをじりじりと待っている間に元気に復活。10歳過ぎるとドキドキしちゃいます。
2014-05-08 木 21:27:04 | URL | あお [編集]
Re: タイトルなし
いつき様、目次修正しました。教えて下さり、ありがとう御座います。
2014-05-08 木 21:30:43 | URL | あお [編集]
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